お客さんに不安をこぼしてもらえることが喜びに代わるまで

京都伏見の醍醐エリアを動かす男かやまです。

普段は不動産屋として家の売買や貸し借りのお手伝いをしながら、自分の働く街、住む街である京都市伏見区の醍醐エリアを楽しむために色々な活動をしております。

最近は地域情報誌的なFacebookページ「伏見醍醐ネットワーク」を作りました。

 

人、お店、取り組みなどなど醍醐エリアの色々なものを取り上げていきたいと思いますのでぜひ楽しんでください!

 

さて先日、以前にお家を買って頂いたお客さんから久しぶりに連絡がありました。

 

面倒臭いと逃げてた自分

内容はここでは言いませんが、簡単に言うと「少し不安に思ってる事があるのでどうしたらいいか」という事でした。

正直に白状すると昔のボクなら「少し面倒臭いな」と思ってたと思います。

 

社会に出てからバリバリの営業会社(もちろん歩合制で年々、そして上に上がれば上がるほど基本給は減っていく)に就職し、結果を求められ続けてきました。

最初はどこかで疑問を抱きながら、「アフターフォローする間があれば売ってこい」という概念はいつの頃からか当たり前になっていきました。いや、本来面倒くさがりのボクはその概念に自然に寄っていったのでしょう。

「営業とは売る仕事」

どこかでそれがまるで自分の中で正義のように、そして逃げ道になっていたのだと思います。

不安をこぼしてもらえることが

今まで仕事は役割分担制だったのが自分で会社を起こし、一人でやらざるを得ない状況の中で「自分でやったことの責任は自分で負う」という当たり前のことを思い出しました。そしてその喜びを知ることができました。

お客さんを見つけ、お客さんに買っていただき、買ってもらった後も他愛のない話をする。お客さんと営業マンとしてではなく、一人の人と人としての触れ合いが楽しい。

 

よくよく考えれば昔、農家のお客さんに呼び出されて自分で作ってる野菜を山のようにもらったり、家族の晩御飯に混ぜてもらったり、「かやまさんの奥さんに」とボクそっちのけのプレゼントもらったり、今、友達と飲んでるからとその席に呼ばれたりしたことがめちゃくちゃ嬉しかったことを思い出しました。

そういうお客さんはたくさん触れ合ったお客さん。一朝一夕に築き上げた関係性じゃない。たくさんのお客さんとそういう関係性を築きたくて独立したのを改めて思い出しました。

 

ハッキリ言うと家は人が作ったもので自然を相手にするもの。誰かの責任というわけでもなく何か不具合が出てくることもあります。その時にボクが心がけてる事はすぐに動くこと。できる限りすぐに動く。経験したこと、知ってる事であればそれをしっかりと説明し、分からなければ説明できるよう調べる、聞くという事を大事にする。相談された不安の解決には割合で言えば10%も解決してないかもしれない。でも聞く事。素早く動く事。寄り添う事。それでせめて心の部分では100%に近い安心感を与えることができると思って動いてます。

 

不安をこぼしてもらえるという事は言い換えれば信頼してもらってることの証でもある。

それは喜びだなっと少しずつ思えるようになってきました。まだまだ遠い道のりでもありますが。

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