SNSとはなにか|ようやくFacebookも楽しみ始めました

京都伏見醍醐を熱くする男かやまです。

先日から徐々にFacebookを楽しみ始めてます。

 

Facebookから遠ざかっていた

ボクがFacebookを始めてたのは2011年10月らしい。最初は学生時代や遠ざかっていた友人などと繋がった衝撃と楽しさで近況報告的な使い方をしてました。

どんどん離れていた仲間たちと繋がるうちに楽しくなっていきました。

 

ただ、段々投稿する事が無くなっていった。一番最初に始めたSNSだからか自分の情報量が多いからか、Facebookが何だか敷居が高く、いいこととか、素敵なところへ行ったこととか、キラキラした発信しかしちゃいけない感じになってた。見栄100%みたいな感じになってた。

カッコつけ

カッコつけてました…

 

なんとなくだけど、ボクの周りのみんなもそんな風に思ってたんじゃないかな。みんな徐々に離れていって、新しく人と出会うこともなかったから、人がいなくなって見ることもない、反応もないで全く面白く無くなっていった。ボクはFacebookから離れた。

 

Twitterを再開し楽しさにハマる

ボクは今、Twitterをメチャメチャ楽しんでます。でもTwitterも同じようにやめたんです。

 

始めたのはTwitterの方がだいぶ後だけどやめた理由もFacebookと同じような感じ。結局、仕事の役に立てばとか、少しでも輪が広がればって理由で始めては面白く無くなってやめる。やめる理由はどっちも見栄張ったりすることや、無理してたのに疲れたし飽きたってこと。

 

仕事の役に立つにしても輪を広げるにしても無理した自分を作ってもバレていくし、そんな自分が面白くないし、疲れる。そんなに毎日冒険に溢れてるわけでもない、どちらかといえば平凡な人生の自分のいいところばかり見せようとしても無理しかないし、それを続けるうちに、わざわざ疲れにいくためになんでやらなきゃいけないのってバカバカしくなる。たまにどっか行ったとか、羨ましがられるようなことしたとか、芸能人見たとか、そんな投稿ばっかになって、そもそもボクのそんな投稿ばっかに興味ないだろうし、ボクが誰かのそれを見てもすぐにお腹いっぱいになる。でもどうしていいかわからずFacebookにしてもTwitterにしても迷子だったんですね。

迷子

完全に迷子でしたね

 

ただ、まずなによりも自分が楽しもうと決めてTwitterを再開し、色々試しながら楽しんでます。

 

Facebookの中も同じ自分

先日のゴールデンウィークにオープンハウスを開催しヒマだったのでちょっとFacebookで遊んでみた。というか思った事そのまま書いた。

 

たくさんの反応があり、何だか楽しかった。Twitterと同じようになんの飾りもない素のままの自分の投稿をつ続けるとさらにたくさんの反応をもらった。

 

Twitter仲間のイトーちゃん。ボクは彼のことをSNSの師匠だと思ってますが、奇しくも彼がボクがFacebookを楽しみ始めたのと同じタイミングでFacebookについての事を書いてました。

 

ボクも彼の言う通りTwitterで自分を出せば出すほとFacebookでどうすればいいかわからなくなってた。イトーちゃんと同じように書いたブログをシェアするだけの状態になってた。

でもやっぱりもったいないんですよね。

必ずFacebookなりの楽しさもあるだろうし、イベントページなど特有の使い方もあるし、Facebookでしか繋がってない人たちもいるし、Facebookの方を楽しんでるって人もいる。ボクはぜいたく者だからあるなら使いたいし、楽しみたい。

だからまずはFacebookも飾らない自分を出すことに決めました。

ボクの師匠も同じようなことで悩み、考えてた。これでボクは迷うことなく宣言できました。

 

まぁTwitterもそうだけどFacebookも色々悩むかもしれない。でも以前とは違い、どうやったらもっと楽しめるかっていう悩みです。だから飽きることは無いと思う。忙しかったらもちろんそっちを優先するし、疎かになると思う。でも人生を楽しむためにSNSがあると思ってるので、その時は迷うことなく疎かにします。

ボクのSNSを見てる人も見てない人も、ぜひボクの楽しんでる姿を見て楽しんでください。ボクはやっぱり人を楽しませることが好きなので、それができることが一番SNSが楽しいって思える。

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